気管切開による言葉が発せられない患者を受け持って
- はじめに-

 患者と看護師の意思の疎通、コミュニケーションは、患者のニーズを満たすためにも患者の現在の状態を把握するためにも重要なことである。またコミュニケーションは、ケアを受ける患者とその家族と共に看護者が経験するあらゆる出会いを通じて行われている。それは、患者と看護者がお互いに談話している時にも、お互いに黙っている時にも生じている。コミュニケーションの生じていることに気づこうが気づくまいが、何らかのコミュニケーションを行っているのである。
 今回、去痰困難による呼吸困難のため気管切開をして、言葉を発せられない患者さんを受け持った。患者は言葉を発せられないためコミュニケーションは円滑に行えず言葉を発せられないことへのストレスも大きい。  受け持ち当初は言語的コミュニケーションに頼っていたが非言語的コミュニケーションの重要性を学ぶことが出来た。そのプロセスを振り返り学びをのべる。

Ⅰ 患者紹介

患者名:Xさん
発達段階;高齢期、性別:*性
省略
趣味:スポーツ、政治に関すること。
疾患名:**症
既往歴:
**歳 *** *******
**歳 *************
**歳 ****
**歳 ************
受け持つまでの経過
*月**日頃から呼吸困難、胸部圧迫感あり外来受診し入院される。
時にSPO2 88~90%となり呼吸困難あるもニトログリセリン舌下にて症状落ち着いていたが、*月**日呼吸困難続いており全身管理にてICUへ転棟となる。その後も回復と悪化を度々繰り返し循環器病棟とICUへの転棟を繰り返される。
受け持ち時の状態
<バイタルサイン>
体温:35.7度
脈拍:58回/分、不整あり
血圧:110-60mmHg
呼吸:21回/分、大きさ一定
肺音:左肺下葉部から雑音あり
酸素飽和度:100%(酸素3l吸入)
<食事>
鼻腔から経管栄養、朝昼夕300ml。
アメ、ジュースの許可があり時々摂取されるが摂取されると痰が非常に多くなるので状態を観察しながら少量ずつ摂取。
<排泄>
オムツ使用であるが、尿意、便意ともにあり介助にてベッド上で尿器、差込便器を使用して排泄される。
<その他>
気管カニューレから酸素3l。
ネブライザー1日1回。
マーゲンチューブ、酸素カニューレを自己抜去されるため目が離せない状態で、外さないように説明した時は、理解されている様子だが少し時間が経つと忘れられ自己抜去される。
自力での体動は寝返りは出来きないが上肢下肢は自由に動かすことが出来る。
下肢は、少し腰を上げられる程度の筋力でベッド上で排泄されておりオムツ使用だが尿意便意あり。
24時間Aさんが付き添われ、Xさんの訴えにAさんが対応されており必要な時はAさんが看護師をコールされている。
XさんとAさんのコミュニケーションは身振り手振りで行われ、それでも分からないときは筆談される。
胸部症状は落ち着いており胸部痛もあまりなく胸部痛がある場合でもニトログリセリン舌下にておさまっている。
発作がなく調子の良い日には拘縮予防のためベッド上で他動運動にて関節可動域訓練をされている。

Ⅱ 看護の展開

1 看護上の問題点

 すべての意思を身振り手振りで相手に意思を伝えており、相手に意思がなかなか正確に伝わらず時間がかかる。また意思が、自由に伝えられないことで、孤独感がありストレスにもなる。

2 看護目標

現在より意思伝達が正確に早くでき、言葉が発せられないことへのストレスが軽減できる。

3 具体策

① 筆談や50音表を使用する。
② 日常生活で、訴えの多い言葉の札をつくり意思伝達を早くする。
③ 非言語的コミュニケーションを大切にし、スキンシップから安心感をあたえる。
④ 趣味のスポーツに関係する写真や記事を読んでもらい気分転換してもらう。

Ⅲ看護の実際

<受け持ち1週目>
 Xさんは、トイレに行きたくなったら、ベッド柵をたたいてAさんを呼びオムツを外す動作をしたりしてトイレであることをAさんに伝え、Aさんの「ウンチ?おしっこ?」という声かけにXさんが、うなずいて尿か便であることを伝えていた。
また、痰を吸引してほしい時は喉を指差したり、胸が痛くなった時は胸に手をあてて苦しい表情をして伝えようとされていた。
このようにXさんは伝えたいことを身振り手振りでAさんに意思表示して、AさんがXさんの身振り手振りから、想像して、ああでもない、こうでもないと確認しながらXさんの伝えたいことを確認していた。
私はXさんとAさんの身振り手振りのコミュニケーションから、Xさんの合図は何を意味しているのか教わり徐々にXさんが何を伝えようとされているのか予想できるようになった。Xさんが喉を触られたときは、Xさんに痰をとりましょうか、ジュースですか、と尋ねたり、オムツを触る動作をされたときは、おしっこですか?うんこですか? とXさんに尋ねて意思を確認した。

<受け持ち2週目>
 Xさんが複雑な内容の意思を伝えようとされる時は、Xさんに書いてもらうようにするが、Xさんは書きたい文字が書けなかったり、誤字もありXさんが文章を書かれても、なかなか解読できない状態で、少し複雑なことになるとXさんの意思は伝えられない。
 文字が書けないのならば、50音表を用いてXさんに意思表示してもらおうと50音表を使用してもらうが、伝えたい言葉の文字を50音表のなかから探すのに時間がかかりすぎ、伝えたい言葉をどこまで指差したか分からなくなり、50音表を用いた意思伝達方法はできなかった。

<受け持ち3週目>
 50音表を使用することが出来なかったので、"○○をしたい"というような言葉の札を使用することで、Xさんの意思伝達が身振り手振りよりも早く伝えられないかと考え言葉の札を作った。
最初は2,3枚の札から練習して、Xさんのレベルに合わせて徐々に札の枚数を増やしていくことにした。
 準備した札を使用してもらった結果、"テレビが見たい"などの文章ではXさんは理解されず、"テレビ"などの単語ならXさんは理解されたので、札に書く言葉は、すべて単語のみとした。
また、札は棒に厚紙を貼り付けたものに、一単語書いたものを使用してもらっていたが、札を選ぶのに時間がかかった。そこで、A4の紙に単語を表にして使用していただくと、札の時よりも早く単語を選ぶことができたので、表にしたものを使用していただくことにした。
 Xさんが何か伝えようとされたときは、言葉の表をXさんに見ていただき単語を指差していただくことで、身振り手振りの意思伝達よりも早く正確にXさんの訴えが分かるようになった。
Xさんに気分転換していただくために、大相撲の力士の写真付紹介記事を読んでいただいた。Xさんは、記事は読めなかったが、写真をじっと見られているときに、この力士は知っていますか?と尋ねるとうなずかれ笑顔が見られた。

<受け持ち4週目>
 Xさんの、うずく足をさすったり、痰の吸引時に苦しむXさんの手を握ると、Xさんも手を握り返してくださるようになった。
私はXさんの意思が、言葉の表などで、身振り手振りよりも早く理解できるようになることばかり考えて援助してきた。しかし、Xさんの手を握ったとき握り返してくださったり、援助後Xさんが手を合わせて、"ありがとう"と体で表現してくださることで、言葉に頼らない非言語的コミュニケーションから、言葉ではない心と心のコミュニケーションこそ大切だということに気づいた。
 Xさんが高校時代に、Z市の高校生のマラソン大会で2位になったことを、Xさんの手の動きでマラソンであることを伝えていただいたり、口の動きを読み何度もXさんに聞き返し、高校の時であることを知ったりして、言葉の表を使用しないXさんとのコミュニケーションもすることができた。

Ⅳ考察

 話し好きなXさんが単純な内容の意思さえも伝達できないことは、Xさんにとって大変なストレスで夜間不穏状態となり昼夜逆転となるほどであった。
筆談が困難であったため、50音表を用いてXさんの意思伝達方法にならないかと考えるが、Xさんにとって50音表の中から文字を見つけて言葉を表すことは、わずらわしくスムーズに行えることはできなかった。
補佐から、もっと単純な内容で、Xさんの意思が身振り手振りよりも早く伝えられるように援助ができれば良いのではないかとアドバイスをいただいた。そこで、言葉の表を使用し、Xさんの意思伝達を早くすることができた。しかし、私はXさんが自由に意思伝達できるようになることばかりに、とらわれ過ぎていたように思う。
 Xさんの、うずく脚をさすったり、吸引時に苦しむXさんの手を握ってXさんも手を握り返してくれた。
Xさんが体で表すサインやタッチコミュニケーションを続けていくうちに、私は言葉によるコミュニケーションに頼り過ぎていたことに気づいた。
 Xさんのように言葉が発せられない方と関わるときに大切なことは、言語的コミュニケーションだけでなく、顔色や表情、普段と違う体で表す微妙なサインなどを観察し、何を伝えようとしているかを読み取ることだと学んだ。

-おわりに-

 今回私は、気管切開により言葉を発せられないXさんとの関わりを通し、どうしたらXさんとの言語的コミュニケーションがスムーズになるかということばかりに、とらわれ過ぎていた。患者の表情から、思い、訴えを知覚し、感じとることの大切さと、言葉だけに頼らないコミュニケーションの大切さを学んだ。
この学びを今後の実習で生かすことができるように努力したい。
最後に本事例をまとめるにあたり、ご指導、ご協力くださいました皆様に、深く感謝いたします。